暗黒星雲

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2019年 01月 22日

「塔」一月号 小林幸子選歌欄 十首選

「塔」一月号 小林幸子選歌欄 十首選


もう鳴らない下校の鐘を待つように暮れてゆく陽の射す静物画  紫野 春


敬老の日に配らるる饅頭の今年は妻の分も加わる  荒堀治雄


押し殺してきた感情が押し花になればいいのに リボンを選ぶ  田村穂隆


散歩には行こうと思っていたけれど行く前に日が暮れてしまったのだ  春澄ちえ


ハンガーにドレスひらたく下がりをり我のかたちを教へるまへの  岡部かずみ


ほつほつと彼岸花さく細道に線香の香をのこしつつ娘らは  小谷栄子


あとを曳く暑さにとおく最涯の北緯四十三度は桜紅葉す  三上糸志


詐欺防止に子らがつくりし合言葉「アイシテイルヨ」 近頃きかず  唐木よし子


夏雲をぐんぐん追ひ抜く「こまち号」母の待ちゐる故郷へ急ぐ  立花惠子


ポンポンを持って踊るとだけ言いて運動会へ吾子は行くなり  谷 活恵



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2019-01-22 22:19 | 十首選 | Comments(0)
2019年 01月 21日

「塔」一月号 永田和宏選歌欄 十首選

「塔」一月号 永田和宏選歌欄 十首選


こんなにも明るい川辺人はみな季節の背中ばかり見ていた  魚谷真梨子


ひとひとり咳ひとつして通りたり駐在横の蕎麦が咲く道  中山大三


受けとめてくれるだけでいい赤玉と白玉散らばる確率問題  中井スピカ


傘を打つ雨音にはかに転調す欅並木の下をゆくとき  丸山順司


ソウイエバと折につけ言う二才児のくりっくりっと回る黒き目  石川えりか


用足すも伝ひ歩きの祖父なれど墨を磨りをりその香り満つ  竹井佐知子


向かうには美味しいパンの店がある橋を春から渡つてゐない  浅野美紗子


泉州の店でわたしは豆を買った 半年前のレシートで知る  真間梅子


格安のシャツを手に取りかはいいと子が言ふ母の口調を真似て  益田克行


にらの花だきかかえるごと翅広げひょうもん蝶が蜜すいており  松浦わか子



(新井蜜)201901



# by trentonrowley | 2019-01-21 20:32 | 十首選 | Comments(0)
2019年 01月 21日

「塔」一月号 真中朋久選歌欄 十首選

「塔」一月号 真中朋久選歌欄 十首選


ピーナツバターを愛する息子なり指なめ頭(ず)にふれわれにふれくる  丸本ふみ


「危ない」と不意に取られしわが肱(かいな) あなたは何をとったのだろう  菊井直子


たふれゐる頭上にきびきび交される声たち 意識とほのきつつ聞く  三好くに子


赤トンボ卒塔婆に止まりぬいもうとと我の会話に割込む様に  大出孝子


ここからは非武装地帯うしろからゆるりとまるき背骨へ触れよ  大堀 茜


ときめきの兆す新緑 羽織りたきブラウス一枚いさぎよく買ふ  木戸洋子


もの思ふ水母のやうに見えをらむ傘さして行く雨の歩道橋  高橋ひろ子


母の背に眠るみどり児その足の少し揺れたり電車のなかで  星野綾香


迷彩の上着のボタンかけ違い気付いてなおす子はずかしそうに  伊藤未来


ひらかるる日までひかりを知らざれば本のふかみに栞紐落つ  小田桐 夕



(新井蜜)201901



# by trentonrowley | 2019-01-21 16:34 | 十首選 | Comments(0)
2019年 01月 20日

「塔」一月号 栗木京子選歌欄 十首選

「塔」一月号 栗木京子選歌欄 十首選


鮮やかに生者の側にゐることを木犀の香が教へてくれた  澄田広枝


彦根山詣でのいはれ知りてより天守閣を見上げる長く  穂積みづほ


日照り雨野原の草の根もとまでひかりに包み移りてゆけり  石井夢津子


冬っぽい匂いがするぜ十月の朝をゆっくり起きて来た子は  宇梶晶子


貝ぼたんシャツより落ちて海鳴りのする窓辺へと転がりゆけり  小圷光風


瀬音高き谷遡る夢の中幼き父母が川遊びする  坂根美知子


橋をわたりきつてもひとりとほくからちひさく花一匁がきこゆ  西村玲美


モクセイの香りほのかに孕(はら)みたる洗濯物を胸に取りこむ  畑 久美子


老いてひとり夕餉に向かひ秋刀魚食ふ 一匹の骨確かに残る  矢野正二郎


空はもっと澄んでいたろうその昔高田馬場に馬場ありし頃  山西直子



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2019-01-20 22:00 | 十首選 | Comments(0)
2019年 01月 20日

「塔」一月号 花山多佳子選歌欄 十首選

「塔」一月号 花山多佳子選歌欄 十首選


金いろの渦を巻きつつ倒れをり台風去りしのちの稲穂は  藤木直子


残心とふことばに会ひて思ひ出づ弓道場にひびく矢の音  石原安藝子


あきらめた方が負けなり今さらに思い直してこの世を生きる  大城和子


廃線の鉄路冷えゆく秋の夜の銀河はろばろ瞬くスバル  小山美保子


膝の上に手紙のやうな秋の陽のあたると思ひぬのぞみの席に  清水弘子

 

部屋のあかり絞り見てゐる遠花火音なくひらく切り絵のやうに  東郷悦子


寂しいと同義語である大丈夫 電話の向こうの父さんの声  中山悦子


かすかなる語尾を受け取り店員はそれを明るく訛りと言えり  山内頌子


誰からもなにもいはれぬ身のかるさ漏れくる雨を花瓶にうけて  斎藤雅也


夫を亡くした人は長生きするというを笑みながら聞くようになれました  𠮷川敬子



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2019-01-20 11:07 | 十首選 | Comments(0)
2019年 01月 19日

「塔」一月号 月集 十首選

「塔」一月号 月集 十首選


追いつめしゴキブリ飛んだここで飛ぶなんて狡いぜ冬がくる朝  池本一郎


メインストリームがすきなひとたちつぎつぎとながれをつかみ奔りゆきたり  真中朋久


魂はどこへ行くのかツユクサの青い翼にこの朝乗りて  前田康子


太古より変わらぬ色に照らさるる人ら囲めり薪にたつ火を  永田 淳


ヘンゼルがなぜかひとりで戻り来る夜が明ける前の森の径から  松村正直


生れて一と月ふくふくと稚児(やや)太りたり 父待つ横浜へ帰る日となる  青井せつ子


山茶花の莟ほのかに紅さすと言ひたき時を人が居て欲し  角田恒子


みづの音を聞きたくて少し遠く来る葦原流れ落つる水の辺  加藤久子


戦慄のサスペンスはわが日常に 冷蔵庫をなぜあけているのか  なみの亜子


日の暮れにかけて晴れゆく秋の日は鍵つき扉の箱に入れたし  山下 泉



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2019-01-19 14:49 | 十首選 | Comments(0)
2018年 12月 21日

「塔」十二月号 月集 十首選

「塔」十二月号 月集 十首選


朝の茶を供へてわれもいただきぬ障子のそとに動く鳥影  小林幸子


若き日のままの友来てしばらくを居て去りゆけり雨の夜ふけに  山下 洋


世におくれ人におくれて夕庭に蜩を聞く挫けるなかれ  青井せつ子


安達太良山みゆる町にて病む妻とすむわびしさを従兄の言へり  大橋智恵子


頭頂に十六夜の月を感じつつわたれり深夜の交差点の海を  河野美砂子


雨にぬれ一際赤き仏桑華亜細亜の孤兒の我がフオルモサよ  陳 淑媛


この細き電話の線が繋ぎたる母娘(ははこ)と思う雨の夜道に  林 芳子


川に沿ふ道は駅へと曲がりゆき初恋のゆくへ聞きのがしたり  村上和子


ふらっとどこか旅に出たいと思いつつ職場の最寄りの駅で降りたり  森尻理恵


かたかたと夕べのひかり揺すりつつ木馬は来たり夢の方から  山下 泉



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-12-21 21:40 | 十首選 | Comments(0)
2018年 12月 21日

「塔」十二月号 永田和宏選歌欄 十首選

「塔」十二月号 永田和宏選歌欄 十首選


部屋干しのシャツが幽かにゆれている遠くで首を振る扇風機  中山悦子


吾が胸に秘密の蜜ありときおりを小匙にすくいこっそりと舐む  濵﨑藍子


迎へ火のかはりに線香花火してこはがりのたましひを呼び出す  小林真代


貨物列車ぶ厚き音をひびかせて夕照りの町を突き抜けてゆく  石井夢津子


では、わたしはこっちだからと風船を飛ばしてしまったみたいな顔で  白水ま衣


鬼ごっこの苦手な子どもの増えておりショウリョウバッタのはねる夕暮れ  塚本理加


とりどりの色糸つねにおさまりし祖母の針箱ちいさかりけり  永田聖子


ルア・サンギ(血の月)とう禍禍しき名をもらい山の端にぼうと現るる影  沼 寛子


太郎冠者焼き栗食べ尽くす頃に時雨がわれの膝を濡らしぬ  穂積みづほ


倒木を越えて来る子ら一様に得意顔なり小雨の朝に  芦田美香



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-12-21 14:00 | 十首選 | Comments(0)
2018年 12月 20日

「塔」十二月号 池本一郎選歌欄 十首選

「塔」十二月号 池本一郎選歌欄 十首選


眉を引く鏡に動く影がありニツカボツカが足場をのぼる  久次米俊子


坑道の壁の湿りを感じつつ手掘り鑿(のみ)跡ひたに触れたり  青木朋子


星になどなる筈もなき母なるも遠ざかりゆく火星が滲む  大城和子


昼食は何にするのと退屈を趣味にしてゐる男が言ひ来  國森久美子


バス停にゆっくりとまる佐鳴湖線セーラー服の我も乗り来る  佐原亜子


夏の日のぎらぎらと照る駐車場に落ちゐし一円そつと拾ひぬ  武田久雄


補聴器を外して電池を入れ替えるこの世の雑音聞き取るために  橋本英憲


ともかくも急いで部屋にと通さるるまさに落日宮津湾燃ゆ  林 雍子


大丈夫わたしがそばにいるからと呪文のようにいくたびか言う  永田 愛


初版にはなかった没年の記されて白紙(しらかみ)に淡い影は映りぬ  小川和恵




(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-12-20 22:13 | 十首選 | Comments(0)
2018年 12月 20日

「塔」十二月号 花山多佳子選歌欄 十首選

「塔」十二月号 花山多佳子選歌欄 十首選


夜勤の子出で行きし後つよくなる雨音をただ夫と聴きをり  清原はるか


気がつけば死が別つまで淡淡と共に在りたり夏の日逢いて  今井眞知子


ため息の軌跡のような雲ありて引きずるように流れてゆきぬ  黒木浩子


早くとも遅くともよし待つバスの帰らざる日々に月光まぶし  吉井敏郎


嫌だったことの数だけごま粒を貼りつけてやる別れの手紙  うにがわえりも


「よつこら」と腰を下せば妻と子がこゑを合はせて「しよ」と言ひくれし  林 龍三


議論せし会議の後の収まりのつかぬ心が夕暮れにたつ  星野綾香


細き腰わずかに反らす時に見ゆ編笠の下の白きおとがい  村上春枝


戸開くれば雲を見さらに風を読む七十路なれど農の子なれば  坪井睦彦


要するに四年生きぬと元が取れぬ保険の話らし四年が重い  高松恵美子




(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-12-20 13:40 | 十首選 | Comments(0)
2018年 12月 18日

「塔」十二月号 栗木京子選歌欄 十首選

「塔」十二月号 栗木京子選歌欄 十首選


ストローの袋を破るゆびさきの力加減のようにさみしい  紫野 春


姉さんはフランスに居るさう思ふあんまり急に風呂でたふれて  河野純子


もう鳥になつたのですか新盆の過ぎて杖音聞こえてこない  今井早苗


母からの魔法はとけて王林を無性にかじりたくなる夕べ  増田美恵子


山姫になりたきものと渓流の露天の風呂で湯浴みする女子  西 真行


かろやかな雨はわたしにかさを閉じさせてさやさや九月の朝へ  落合優子


始まった時からなぜか見えていた静かにやってくる終末を  北山順子


子らをりしはるけき時にこころ逸れモロヘイヤスープ噴き零れたり  加藤和子


アカンサスもアガパンサスも知らざれば黙して人の批評のみ聞く  岩上夏樹


カーテンのレールに干したブラウスの向こうを見てた白になるまで  椛沢知世



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-12-18 21:51 | 十首選 | Comments(0)
2018年 12月 17日

「塔」十二月号 永田淳選歌欄 十首選

「塔」十二月号 永田淳選歌欄 十首選


祖母生れし明治のころのあかときのやうに歩めり灯のなき街を  栗山洋子


エマニエル夫人のごとく脚をくみ鏡の前でストレッチする  大森千里


あらあなた久しぶりねと振りかえり先輩魔女のように笑った  山名聡美


夫の背を見失ひたり山みちの生ひしげる草にとりこまるるとき  赤井稚加


手紙だけはたくさん書いたこの夏に終わり近づくさびしい夏の  石丸よしえ


婆ひとりとりのこされて山里にどうにかなるさと梟の声  江見眞智子


二週間のひとり旅なりテーブルの真中に置きたるブルーのノート  唐木よし子


今はもうシャルウィーダンスと声掛くる人も居らずて仏飯供う  相馬好子


なんとなく夏が終った気がしてるバイクの風がやわらかいから  中村寛之


蜂蜜を熱き紅茶に垂らしつつあなたのメールの返事を待ちぬ  中野敦子





(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-12-17 22:46 | 十首選 | Comments(0)
2018年 12月 16日

「塔」十二月号 小林幸子選歌欄 十首選

「塔」十二月号 小林幸子選歌欄 十首選


枯れていくカーネーションを抱きしめるだれもわたしをゆるさなかった  帷子つらね


水のジャグ置かれた朝のテーブルにこの夏灼けし腕を載せたり  髙野 岬


指先でそっとわたしをへこましてあなたがこの世に生み出す窪み  魚谷真梨子


ケトルの中で温められて冷えてゆく時間ありけむ忘られたまま  永山凌平


祈りのように見えしがボタン留めており忠良の少女うつむく  朝日みさ


鮮やかな揃いの衣装で伸び上り頰赤き子らよさこいを舞う  金原千栄子


金色の模様はかすれ裏側の二人の名前は読める指輪だ  久保まり子


かみさまのようにあなたが境内でふりむいたから動けずにいる  小松 岬


「ごはんよ」と呼ばれて帰りし幼なき日思い出させる暮れて鳴く蝉  清水千登世


雷雨止み鋭き西日入る納屋にビニールプール畳まれずあり  佐々木美由喜




(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-12-16 18:21 | 十首選 | Comments(0)
2018年 12月 16日

「塔」十二月号 三井修選歌欄 十首選

「塔」十二月号 三井修選歌欄 十首選


南部鉄のふうりんの風に霊(たま)来ませ 秋立つ虚空に音の澄みたる  長谷仁子


子を捨てて妹を捨て母捨てて果物篭を捨てる夢を見き  福西直美


ゴング待つボクサーのごとき姿して若者は居る診察室前  横山敦子


意地悪をあなたにしたいお祭りのべっこうあめを舐めて噛んでいる  安倍光恵


お取りおきしておきますねとデザートの予約のように肺炎ワクチン  倉谷節子


あの蝶は待っていたのかあの日から待たれることのなきわたくしを  潮見克子


絹よりは木綿が好きですしつかりと弾力のある豆腐のはなし  浅野美紗子


言ひそびれ言ひおくれては言ひまける口下手なひとをわれは愛せり  木原樹庵


全国の天気予報で見てしまうかつて息子の住まいいし地名  小林千代


誰の子も可愛くなくて丘をゆく私は欠けた器だろうか  中井スピカ



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-12-16 14:58 | 十首選 | Comments(0)
2018年 12月 14日

「塔」十二月号 山下洋選歌欄 十首選

「塔」十二月号 山下洋選歌欄 十首選


頑張つてゐるし感謝もしてゐると言はれとろとろほどける指先  大江美典


相続権放棄したれば遠くより見るのみとなりしいもうとの家  久川康子


老い母のひと足ごとのあやうさを右手に受けつつ露天の風呂へ  赤田文女


九基は十字、一基は月の彫られゐて野田山墓地に俘虜の露人は  内藤幸雄


フライパンのふた盾にして烏賊に芋つぎつぎ揚げる夏は天ぷら  西村清子


柿若葉下照る路に独り佇つ過ぎたる月日まぶしかりけり  山本龍二


人想ふとき目つむれば新涼のゆふべの星はきらきらとあり  福田恭子


サトイモの花を見しことかつてありイモの葉かげに母を待ちつつ  白井陽子


過去帳を繰りゆく指を湿さむと小皿の上に海綿のあり  川田果弧


台風に荒らされし野をさびしめば草萩の花咲きこぼれをり  大田眞澄




(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-12-14 19:45 | 十首選 | Comments(0)
2018年 12月 14日

「塔」十二月号若葉集 前田康子選歌欄 十首選

「塔」十二月号若葉集 前田康子選歌欄 十首選


光るものは〈印刷開始〉のボタンのみ夜の寝室にひとりの呼吸  髙田獄舎


卓上に君の荷物の置きてあり「戻って来るよ」と言うがごとくに  高田 圭


ブラウスを脱ぎかけて窓閉めなおす、教科書とちがう金星光る  梅津かなで


オランダ坂の上、雲の下、四つ穴の小さきボタンひとつ拾いし  いわこし


いまここへ空の落つれば抽斗へとりのこさるるこの恋文も  大堀 茜


譲られて喜ぶ身体ととまどえる心よともかく今は座ろう  小谷淳子


パプリカの色鮮やかなテーブルに私の代理としてのししとう  佐原八重


太腿の静脈のような青をしてこれから雨季に移りゆく空  長谷川 麟


川と緑しかないよと書きくれし子と並び見る緑の夕暮れ  松山恵子


弁当のいらぬ前夜は二階にて綿入れを縫う雨を聴きつつ  宮野奈津子



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-12-14 10:42 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 28日

「塔」十一月号若葉集 山下洋選歌欄 十首選

「塔」十一月号若葉集 山下洋選歌欄 十首選


西病棟ハ階ロビーで酷暑日の夕陽を見ていた歩ける日には  髙鳥ふさ子


種の字を名に持つ島でパッションの種は噛み砕くものと知りたり  瀧川和麿


その午後は長椅子に深く眠りいて沼のごときところよりもどり来  森川たみ子


覚悟をと医師に言われて窓ながむおぼろ月夜に椿のにじむ  井戸本チズ子


鯨にも眠くなる日がありさうだ一輛電車に見る白い雲  岡田ゆり


熱(ほめ)く身を曳きて帰れば夕闇にしづまりてをり汗も怒りも  瀧本倫子


夕まぐれ電車を一本見送っていままっさらなわたしがほしい  松本志李


ペンギンや飼育係にあらずとも日本脱出したしこの暑さ  行正健志


連れてきた去年のあの娘にもう少しやさしく笑ふわたしであつたら  栗栖優子


もう会へぬひとに会ふとぞ玄関を出でゆくあなたがコートを羽織る  山縣みさを




(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-28 22:08 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 28日

「塔」十一月号 三井修選歌欄 十首選

「塔」十一月号 三井修選歌欄 十首選


祖たちのとほき宴を想ひたり朱のさかづきが筥より出でて  祐德美惠子


立ち止まり振り返りみて去り行きぬ瑠璃色深き尾をひからせて  廣瀬美穂


目的地は海でそこまで行く汽車が来たから捨てた集めた花を  川上まなみ


さけびつつ午睡の夢より目覚めれば折り重なりて子らは眠りぬ  𠮷田 典


飲みながら席譲られし回数を競いておりぬこのテーブルは  岡村圭子


黒樫に細かい雨が落ちてゐてねむりつつ聞き覚めてまたきく  松原あけみ


救急車と蝉の声のみ聞こえくる炎帝統べる石塀の道  冨田織江


祖母の蚊帳の一面裁ちて仕立てたる長き暖簾の硬き手触り  寺田裕子


仏壇の懐中時計の竜頭巻く月命日の靜けき朝に  三木紀幸


イギリスの田舎の道に立ち上がり野うさぎきょとんと我を見おりき  丸山隆子



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-28 18:54 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 27日

「塔」十一月号 小林幸子選歌欄 十首選

「塔」十一月号 小林幸子選歌欄 十首選


水晶の首飾りつけぽつねんと母は待ちをりドアを開ければ  葵しづか


息を継ぐ、木の下に降る蟬時雨 脳(なづき)割れゆくザクロのやうだ  新井啓子


夏の陽を反しミラーがひかり居り草むらに置き去られし自転車  岩本文子


天皇のため息のことなど思う帳簿に印を捺しつつ  うにがわえりも


見もやらず人ら過ぎゆき閉店のデパート巨き石窟となる  小川 玲


小さき火が夜空へすうつと上りゆき花火の花になる前が好(い)い  竹内真実子


どうしても「アナタハ人ヲ殺シタカ」と聞けぬまま今日に至りぬ  谷口富美子


自分たちはかうふく節と言ふのです 声ふるはせて八月十五日  西内絹枝


幼名で呼びかけながら田の端にジュースを置きて隣人が行く  古栗絹江


膝をつき蚊帳すそそつと持ち上げる所作をおぼえし少女の頃に  久川康子




(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-27 22:55 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 26日

「塔」十一月号 永田淳選歌欄 十首選

「塔」十一月号 永田淳選歌欄 十首選


思い出がつと立ち上がり紫のボタンを押してバスから降りる  王生令子


替えたての畳に頬をおしつけてあなたが桃を剥く音を聞く  小松 岬


海中より出てくる海女を傘持ちて待つ人の見ゆ志摩の濱辺に  清水千登世


ひからびたミミズ引き込む蟻の群れ直葬にしてと遺言に書く  田辺昭信


わが指の触れる刹那に散りそむる昨夜(きぞ)しらしらと透けし芍薬  津田雅子


火星と月を同一画面に撮り終えてただそれだけで幸せとなる  鳥山かずみ


絹のもつやさしき縫ひ目にひかれつつ戻れぬ日々を想ひて歩む  広瀬桂子


落蟬は竹のはうきにからみつく朝の日差しのやはらかきとき  森本忠治


ノイズキャンセリングなどという語も使い座禅の境地を説く若い僧  中井スピカ


喜々として墓石に水を注ぎしのち大人のうしろにしづもれり、児は  加藤和子





(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-26 20:11 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 25日

「塔」十一月号 江戸雪選歌欄 十首選

「塔」十一月号 江戸雪選歌欄 十首選


さようなら息をひそめるような日々電動ミルでコーヒーを挽く  井上雅史


仕事後に歌会に行きて評言えば時どき電話用の声出る  逢坂みずき


ヒューストン、聞こえてゐるか? 俺はもう立ち上がるのも面倒なんだ  益田克行


唇のしびれ微かに続きをり灼熱の道を歩みゆくあひだ  赤井稚加


御理解と御協力とを幾たびもお願いされけり都会をゆけば  石井暁子


シャンシャンとクマゼミの鳴く故郷(さと)の夏 母は小エビを笊に茹であげ  田中ミハル


この昼は山葡萄の葉がよくそよぐ子らは遠くの町に暮らせり  ぱいんぐりん


兄さんはハンサムだつたうちの人は無口だつた すこしさみしい  森永絹子


見下ろせば泥水は輝きゐるならむドクターヘリがまた一機行く  高橋ひろ子


昏さとは黒さではないふかぶかとひろがる午睡ののちの曇天  中田明子




(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-25 21:47 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 22日

「塔」十一月号 池本一郎選歌欄 十首選

「塔」十一月号 池本一郎選歌欄 十首選


緩めれば炭酸の泡立ち上る 理由の見えぬ不安というもの  鈴木健示


断捨離は物ばかりでなく人もまた切りし電話の重みを胸に  大沼智惠子


夕虹の消えたる空のむなしさに牧童のごと星座を恋へり  熊澤哲哉


生産性という言葉が僕の胸に咲くタンポポをちぎっていった  田村穂隆


乗鞍に雲湧き立ちぬ職辞して無頼に憧れ無頼になれず  戸田明美


山椒魚まれに見てゐし疏水なるに山瀬の荒れに埋めつくされぬ  三浦智江子


倒されし椅子にて聞きおりうら若き歯科衛生士の空(す)き腹の音  村上春枝


ブロック塀にボール投げする少年の間合のよくて転寝に聞く  山代屋貞子


渓谷の画像にゆらゆら蝌蚪に似し空撮ヘリの自らの影  金田和子


顔見知りの蜥蜴に出合ふ物干し場に一言二言こゑをかけやる  福島美智子




(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-22 20:31 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 21日

「塔」十一月号 永田和宏選歌欄 十首選

「塔」十一月号 永田和宏選歌欄 十首選


あの夏にあなたを待ったバス停の時刻表まで大好きだった  多田なの


おそ夏の光を濾せる木のしたを豹柄おみなとなりて過ぎゆく  山名聡美


うどん屋の幟だらんと垂れ下がる大残暑なり風のなき街  有櫛由之


嫁になり姑になりて寡婦となる やうやく春の日祖母となりけり  伊藤陽子


ラッシュ時の波を掻分けやって来る向日葵柄の麦わら帽子  田中美樹


われの育てし葱を納豆にさはに混ず里帰りして来し青年は  松井 滿


カーテンのように褪せゆくからだしてつよくさびしく君を恋いおり  福西直美


わたしの中にやさしき獣ゐることを薄き髭剃るときに思へり  千葉優作


手つかずの朝の空あり後戻りできないように荷物をすてる  黒木浩子


真正面のひとに向かって話しつつ隣のあなたを思って話す  竹田伊波礼



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-21 20:10 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 20日

「塔」十一月号 真中朋久選歌欄 十首選

「塔」十一月号 真中朋久選歌欄 十首選


呼び止めるざんこくふり返へるやましさそのうへ希ふひそけさ  國森久美子


神隠しに遭いたるような集落のカーブミラーに消えてゆく鳥  数又みはる


たなごころに載りし卵のひんやりと昨日の嘘のほのかに灯る  黒瀬圭子


電燈をおほひし黒布今夜から外してよいかと自ら問ひし  阪上民江


紫陽花が好きだったからと亡き母の墓前に兄嫁添えくれし夏  ダンバー悦子


初瀬山を守りし童子のひとりなり雨宝童子の敏き目と合ふ  東郷悦子


看護師の若きに抱かれその胸に曽孫と同じ「サワ」の名を見る  中村佳世


獅子踊りの少女ら垂らす扱き帯ゆらゆら揺れて天神まつり  山崎一幸


たぶんもう眠れそうだなうつぶせの背中にふれるせんぷうきのかぜ  上澄 眠


眠れずに薄目に見れば扇風機月の光を浴びて立ちおり  宮地しもん




(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-20 14:46 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 19日

「塔」十一月号 栗木京子選歌欄 十首選

「塔」十一月号 栗木京子選歌欄 十首選


水に咲く白き澤瀉ひそやかに命閉ぢゆくものある夕べ  澤井潤子


鰻好きのお祖父さんふたり我にゐてそれぞれ贔屓の鰻屋ありき  小林真代


ちんまりと手頃な暮らしに浸りつつ暑気払いとて櫃まぶし食う  落合花子


ひらがなにおもひうかぶるまくはうり最後のひとつと太き手がくれぬ  杉本潤子


船の灯に誘はれくるかつばめうを船の速さに並びて飛べり  炭 陽子


身のうちに感じながらに寝入りたり二キロ先より鉄路ひびくを  竹下文子


駅からを青筋揚羽が付いてくる海へ行く道尋ねるように  橋本恵美


真つ暗でなければ寝られない人の肩のあたりを薄明かりに見る  穂積みづほ


へろへろと去年の糸瓜が芽を出すから男なんてと思つてしまふ  大島りえ子


どくだみのにほひ残れる手で割りぬ昼餉のための卵二つを  尾崎知子



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-19 19:50 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 18日

「塔」十一月号 月集 十首選

「塔」十一月号 月集 十首選


夕闇に白木蓮の咲きのこり守れぬ約束なれば忘れず  栗木京子


やかましき尾長の声にやはらかな声の交じれば雛鳥ならむ  小林幸子


鳥影がひとつよぎりてゆきし後夏の広場の翳りてゆけり  三井 修


蛇に注意のはり紙あれば引き返す露天風呂の脇の木の繁る庭  黒住嘉輝


九時までに出さねばならぬ生ごみのビニールに透けてひまはりの咲く  亀谷たま江


"南洋"を憧れのごと聞きいたり幾人もの父見送りしゆえ  黒住 光


再生する声のうしろに透けてゐるいちまいの皮膜のやうな蝉声  河野美砂子


夫すでに亡き家なれど祀りのたび募る帰心は抑へ難しも  陳 淑媛


降り出でし雨に素足のサンダルの帰省のむすめは独り身にして  干田智子


しんしんと時間がわれに下りて来る夏、墓石の汚れ拭くとき  松木乃り


(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-18 14:26 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 04日

「塔」十月号 月集 十首選

「塔」十月号 月集 十首選


帰りきて見れば卓には一房のバナナがありて黒き斑(ふ)を持つ  三井 修


入れてくれとしつこく寄れる金蚉あり大阪京都揺れし日の夜  前田康子


海からの霧ながれきて街灯もポストも君もあわく濡れたり  松村正直


停電でラジオ途切れし戦後に似て庭の樹の蝉不意に止みたり  上田善朗


指揮台に胸を反らしし若き配属將校のそののち知らず  尾形 貢


街に行くを山から下りると言ひてゐし君下りくるを火葬場に待つ  佐々木千代


「ただいま」と誰が声のするあけがたの夢のなかなる廊の奥より  沢田麻佐子


亡き母と居るごときやすらぎ梔子の匂う庭椅子に一人いるなり  進藤多紀


一年が来ようとしてゐる戸締りが母の役目でなくなりてから  久岡貴子


作業着に射す夏の日の容赦なし非正規のまま二年余過ぎぬ  干田智子



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-04 15:43 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 03日

「塔」十月号 池本一郎選歌欄 十首選

「塔」十月号 池本一郎選歌欄 十首選


沼を見て帰ろうというようやくに治療方針きまりし夫が  中澤百合子


幌馬車で西部の荒野ゆくごとく常磐高速ゆつくり走る  渡辺のぞみ


揚羽蝶今年初めて見しことを告げる人なくひと日の暮れる  新田由美子


遠雷の轟く夜は理科室の人体模型の骨白かりし  石井久美子


知らぬこと知ろうとせぬこと体内に暗黒の海のごとく広がり  小川和恵


炎暑の中つめたい肌をもつひとを見送る始終儀式にのっとり  佐藤浩子


四条通りの果たてに沈む日輪ををろがむ異邦人も肩をならべて  東郷悦子


廃屋とは思ひたくない崖のうへの紫陽花の咲くちひさな家を  西村玲美


大阪の地震(なゐ)を途中で聞きしのち旅にして旅にあらぬやうなり  山地あい子


祖父の背はわれのゆりかご記憶にはなき過ぎゆきに今も揺れいる  数又みはる



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-03 19:36 | 十首選 | Comments(0)
2018年 11月 01日

「塔」十月号 花山多佳子選歌欄 十首選

「塔」十月号 花山多佳子選歌欄 十首選


一九四(イチキューヨン)号使ひて愛媛にぬけるとふ君の電話を再生しをり  福井まゆみ


蜩をひぐれをしみと呼ぶ里の大雨蝉の声も流せり  黒瀬圭子


「そこを曲げてお願いします」吾が意見は細い針金みたいなものか  佐原亜子


なぜここに石があるのか石を持ちエレベーターに乗り日なたへ出たり  宇梶晶子


歌だけが残ったらいい 伐れぬまま幹に食い込む斧の如くに  白水ま衣


わらび餅がぷるぷる笑ふきみはまだ熱き手振りに語りてをるに  田中律子


青空の時だけ撮れば好天の旅となりたり道道走る  穂積みづほ


合歓の木がここにあるらし夕風のかよへる径にほのかなる紅  竹下文子


蛙鳴く声に混じりて田に水の落ちゆく音を聞きつつ眠る  山下太吉


本当に聞きたいことは聞けぬまま珈琲飲むかと明るく聞きぬ  中山悦子




(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-11-01 20:25 | 十首選 | Comments(0)
2018年 10月 30日

「塔」十月号 栗木京子選歌欄 十首選

「塔」十月号 栗木京子選歌欄 十首選


柴犬のおしりは消失点として揺れながら遠ざかってく畦道  加瀬はる


人がみな傾ぎて見える黄昏に浜木綿の花誘う(いざな)うなかれ  石橋泰奈


しづかなる音して睡蓮ひらくときあまたの言の葉剥がれてゆけり  福田恭子


水張田を見降ろす墓所に佇みぬ百年先の景を見たくて  赤田文女


ベビーカーの若き母子を越してゆく自転車の子らがベルを鳴らして  天野惟光


なめらかにライトの列は弧を描き琵琶湖大橋うみをまたげり  杉本文夫


洗脳といふ名の電車かも知れず鈍行にする 海がまぶしい  吉田達郎


あなたとの履歴をたどるiPhoneにひろがる羽根のかたちの指紋  椛沢知世


日常はふいに途切れてサイレンの鳴りやまぬ夜に雨を受けをり  浅野美紗子


ナフタリンを母の寝所の隅に置く百足、せん妄寄せ付けぬため  河野純子



(新井蜜)



# by trentonrowley | 2018-10-30 22:08 | 十首選 | Comments(0)