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暗黒星雲

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2017年 11月 21日

ゆく と くる  (その1)

ゆく と くる  (その1)

ゆく
通常、広辞苑の定義の次の(1)の意味で使われる。
(1)現在いる地点から出発して向うの方へ進行・移動する。

短歌で次の(11)の用法で使われることがよくあり、この用法について検討したい。この用法から私の受ける感覚と他の人の使い方にはギャップがあるように思えるので、そのギャップの内容、意味するところを考えてみたい。

(11)他の動詞に付いて「物事が次第に進行する」「引き続いて進行する」意を表す。

例えば次の歌(かばん関西6月歌会)で、
  手を濯ぐ水の音で目覚めゆきたり鞘を収める鈍痛のする/とみいえひろこ
「目覚めゆきたり」は自分のことを詠ったものとすると、奇妙に感じる。誰か自分以外の人の状態を観察して描写したもののように感じるのだ。

  白抜きの模様のやうにたよりなくなりてゆきたり亡き人への怒り/伊東 文
(2017年九月塔奈良歌会)
「なりてゆきたり」は私には、自分の心のうちを詠んだものではなくて、第三者的・客観的な描写のように感じられる。あるいは現在のことではなくて二、三年前のことを回想して描写しているように感じる。

  ポストから戻りゆく時出会いたり月夜の径をゆく青虫に/鈴木 緑
(「塔」2017年11月号)
十首選の中に加えようと思った歌であるが、「戻りゆく」が奇妙に感じられ選ばなかった。奇妙に感じたのは、「ゆく」という動詞の基本的意味、こちらから向こうへ行く、という意味に私の感覚が引きずられているのかも知れない。「戻る」のに「ゆく」というのはおかしいと感じたのだ。「戻り来る時」とでもするべきではないかと考えたのだ。
「物事が次第に進行する」という空間移動の概念から離れた意味で考えるのなら問題のない表現のはずであるが、私にはどうしても奇妙な感じがしてしまう。

新井蜜

by trentonrowley | 2017-11-21 22:52 | Comments(0)
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